ためされてる?


 20世紀の後半から、それまで生きてきた中で経験したことが無い、大きな 出来事に遭遇する機会が多くなってる気がします。
1994年に母親を亡くし、49日も終わらないうちに自身が大腿骨複雑骨折で 延べ半年入院、左足が15mmほど短くなりました。
まあここまではプライベイトなレベルで、誰でも多かれ少なかれの出来事なの でしょうけど、翌年の1995年には阪神大震災、何度も訪れてた、大好きな 神戸の街が悲惨な状態になってしまいました。自身に直接の被害はありませんが、 勤務先での同僚さんが多くおり、後日、彼らから悲惨な状況を生の声で聴いたもの であります。

 1998年に我が家にコンピューターというものが入り、ネットワークを通して 全国に友人の輪が広がりました。今もお付き合いがある全国区の方は、当時に ネットを通して知り合ったわけですね。
その影響でギターが1本減って5本増えました!
しかも旧御三家と言われてるMartinが3本、Gibson、Guildが 各1本であります、減ったのもMartinでしたけどね。
自宅もライブができるようにリフォームして・・・・と、ここまでは順調 だったのですが、その影響で前様が化学物質過敏症に罹患。
毎日、臭い、臭い、臭いと大騒ぎになっちゃいました。まだ化学物質過敏症の 知識なんてものがさっぱり確立されてない時代でしたから、暗中模索の手探り 状態、このコラムでも化学物質障害としていくつかまとめてありますが、 それはそれは大変な20年間でありました。
気が付いてみれば、娘どんも息子どんも同じ病、息子どんはかなりの重傷で、 高校を卒業して一旦は就職したのですが、現在は発達障害という事で障害者手帳を 取得しての引きこもりになってます。この後どうなるやら検討もつきませぬ。

 2011年には誰も経験したことのない未曽有の大地震、東日本大震災が あって、多くの方が亡くなり、経済的にも大打撃となった時代を経験しました ね。ガソリンの供給不足や輪番停電などがあり、福島の原発事故は、まだ片付け さえ終わってません。当時88歳だったクソジジイが、こんな大きな地震は生涯 初めてだと、2階の自室から大騒ぎして、安全が確保されてない危険な屋外に 飛び出してました。
そんなクソジジイも97歳となってまだ生きてるけど、去年の夏に転んで骨折 してから自足歩行が出来なくなり、介護施設に入所しておりまする。
ボケも相当に進んで、いつまで迷惑な状況下で生き続けるやら?

 2019年、去年の秋、記録的大型台風による大雨で、自宅こそ雨漏り程度で 済みましたが、勤務先は床上浸水、OAフロアーとなってる事務所は長期間 使い物にならず、半年以上経った現在も完全復旧には至りません。
全国的に水害が酷かった様子、昨日、長野市の千曲川を渡って、橋の上から 見えるその傷跡には驚愕であります。
数十年に一度の大雨であるとかのお話ですが、ここんとこそんなのが多過ぎま せんかねえ、今年か来年にもまたありそうな地球温暖化の現代です。

 そして今年になってからの武漢ウイルス、巷では新型コロナウイルスとか 呼ばれることもありますが、武漢ウイルスとか、武漢肺炎で良いんじゃないかと 思えます。日本の至宝である志村けんさんまで、その犠牲となって奪われてしまい ました。
さらに感染防止で緊急事態宣言までなされて、日本全国、すべて外出禁止みたいな 不況下に突入、明日が見えない今現在であります。
こんな状況下にあっても、まだ政府が〜・・・とか国が〜・・・・とか、お上 からの指示を仰ぐ風潮や、政府機関等への文句やクレーム、少しは自分で考えて 行動しろよと叫びたくなります。
国が国民に何かをしてくれるじゃなくて、国民が国のために何をできるかなの ですよね。自分の国は自分で守ろうとする意志がなくちゃ!、文句だけ 言ってたって、何も変わりませんぜ。
今の日本の政府は、法治国家の元、法律を守って、最大公約数的に多くの方の 安全を図る要請を出すしかないのですから。独裁国家じゃないのよね日本は。
文句を言う前に、もっといい対策案があるならツイッターでもなんでも使って 述べてみれば良いじゃない。

 とまあ、明日からまた我慢の日々が続きそうな今日この頃です、こんなコラムも あと少しで1000話に到達、そんな記念すべき回数に当たる内容、ちょうどいい 機会だからそこでめでたしめでたしで終了としようかとも考えてましたが、こんな 暗い内容を残したままで終わるのは嫌だな、何をテーマにして書き出すかは その時の気分で決めてますので、できればハッピーな内容にしたいところで あります。

 出演予定の5月17日のライブも消えてなくなりそうな雰囲気ですが、トコ ちゃんバンドとしても盛大にやりきってないと、簡単には終われませんよね。
バンド演奏の録音を聴いた責任者の部署に居られる看護師さんから。自粛解除が 行われた暁にはぜひ慰問に来てくださいと言われてますので、その日を夢見て この後も頑張りたく思います。


2020.4.6 記


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