老舗


 地元にある老舗の料亭で勤務先の忘年会が行われて、 日本料理のフルコースに天狗舞や八海山などの上級なクラスのお酒、 お店の雰囲気とあわせてたっぷり堪能しちゃいました。(*~ρ~) プハァ〜!!ウミャ〜
戦前からのお店でしたので、おかみさんをはじめ、配膳を担当するお姉さま達も 超老舗級でしたけど・・・ヾ(- -;)コラコラ
適度に酔っ払ったので自宅までの4Km弱を徒歩で帰ることに・・・、途中、お店を 出てから300m程度の場所に、昔自分が住んでいた家の跡地があり、ふと そのあたりを散策すると、懐かしいような、こんな場所だったっけ?と相反する 二つの感覚が沸いて来ました。
子供の頃遊んだ場所や道路、こんなに狭かった?懐かしい近所の建物、記憶の無い 新しい建物、27年という時間の流れを痛切に感じました。(^。^;) フウ

 自分の実家は大正8年に開業した地元の市内では最も古い洋食屋でした。
母親の話から、戦前戦後とかなり栄えてたらしく、地元ではとても著名な店であったようです。
小さい頃は子供ながら家の手伝いもしていましたし、日曜日の夕方ともなると お客様で混雑していた記憶もあります。
自分がサラリーマンとして就職して2年目、建物が老朽化して壊れ始めて、借家だった こともあって現在の@EMの場所に新築移転し営業再開したのですが、旧来からの 経営が上手く行かず、次男坊で後継ぎでもなかった自分と前様が、家と両親を借金ごと 引き受けて私達の代でクローズしたのです。とある老舗の終焉でした。
上で書いた老舗のおかみさん、同業者だけあって、自宅の屋号を話したら すぐにわかってくださり、懐かしがって数十年前まで話が飛んでいきました。
片や現在も地元でトップクラスの料亭として経営を継続、片や消えてしまったお店、 祗園精舎の鐘の声、 諸行無常の響きあり・・・・・・ですね。(-.-)

 職種は変わりますが、手持ちのギターでトップ割れの修理を東京は神田の某老舗で 行なっていただいて、その仕上げは、修理で評判だった有名なショップの仕事とは思えない、 とても悲惨な仕上がりだったと過去のコラムで述べた事がありますが、老舗とはもうすでに 名ばかりの遠い過去の栄光で、やがては消え去る運命に乗ってしまっているのでしょうか。?
いかなる繁栄があれど、日々の精進が無ければまたたくまに過去の遺物となってしまいます。
継続は力なり・・・、何事においても長く続けられると言う事はそれなりに力があるのでしょうね。
懐かしい場所を歩いてみて、ちょっとだけ感傷的な気分になり昔を思い出してみました。(^^;;) イャ〜・・
しかし・・・・おかげさまで道楽の空間、LIVE space EMの誕生でもあるのです。
天から恵まれたこの空間を使って、もっともっと皆様と楽しまないと・・・・・ね!(^o^)

2006.12.14 記


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