葬儀でした


 前様の親父さんである、義父が逝った。
5月21日の夜、認知症の老人を預かってる施設内で心停止状態となり、 救急搬送されたとの連絡が入りました。
85歳、過去にも何度か倒れてて、緊急入院して蘇った実績があり、 ペースメーカーも装着しておりましたが、今回ばかりは帰れなかった 様です。



   合掌 (-∧-)ナムー



 義父は大学病院へ献体する手続きを取ってあるので、火葬も埋葬も なし、葬儀をどうしようかって話になりますと、線香の煙や斎場の ワックス、祭壇に掲げられる生花からの農薬、さらには、弔問客の衣類 からの防虫剤や柔軟仕上げ剤臭が耐えられないと判断した前様は、 電話で施主予定の義弟に「密葬にしよう」と言い出してましたが・・・、 「うん」と返事があった様子はなく、電話を切った後に、「わたし、 葬式には出ない、欠席する」と宣言するほど拒否モードになってました。
翌日、職場に向かった前様でしたが、父親が亡くなった旨を 上申したところ、特別休暇を取らされ、追い返されたそうな。
機嫌を取り直して、葬儀予定場所で義弟との打ち合わせに出向かい、 あれこれとスケジュールや段取を取り決めてましたが、葬儀の際に 坊さんに支払う読経料金や、初七日、四十九日の法要等については 閉口してしまって・・・、自分が滞在する場所で、わざわざ農薬を撒いて もらいたくないので、親族として生花類の献花も却下です。
その頼りなさから、結局は施主に任せきれずに口出しをしてきて、 ほとんど取り仕切ってしまった前様でありますが、 作成されたスケジュール表と葬儀場の料金一覧を見る限り、葬式って、 セレモニー場が儲かるようにしかできてませんな。

 義弟としては地方新聞の訃報欄に掲載して、知人への連絡はそれですべてを 済まそうとしてたようですが、地方新聞なんて読んでない方が多いのは 確かですから、前様が思いつく義父に関係のあるキーパーソンへは、 自宅から電話して、御案内をFAX送信です。
その甲斐あってか、翌日のお通夜までには、それなりに献花等が ございましたので、親族からの捧げものがなくても形にはなったみたい 。

 夕方、読経するお坊さんが到着してその顔を見たら・・・、なんと 数年前まで同僚だった方じゃないですか、そういえば実家はお寺だと 聞いてはおりましたが、まさかこのタイミングでココで遭遇する とは!!!。
以前の 確執 があるので、挨拶してもどことなく嫌な顔をされてます。
嫌われてる感じでせうかね?、やり難そうにも見えまする。

 やがてお通夜が開始となる時間が近づいて弔問客が増えてきましたが、 どうもその人数、施主が想定してた数より多いみたい、椅子が足りなく なって、行列が出来てます。
元町会議員の義父、第一線を退いてから10年経過してますが、 良くも悪くもその影響力は大きかったようです。地元の市長さん、 元町長さん、国会議員さんなども弔問に訪れてました。
弔電も、自由民主党から社民党党主まで幅広いレンジでいただき ましたし・・・・。
お通夜の前に施主からご挨拶がありましたが、その内容いただけません。
当たり前の挨拶文と慣用句を並べては、内容として死因の説明を行った だけであり、義父の人と成りがまったく反映されてません。ただの棒読みで、 同じ文章を告別式の時にも挨拶としてしゃべった施主の義弟へ、姉の前様から 「親父の葬式らしくない!」とダメ出しでございます。

 300名を超える参列者に、親族代表5人として最前列で頭を下げ続け、 いささか疲れました。
やがて精進落としの時間となり、坊さんに呼ばれた前様と義弟、そこでまた 初七日と四十九日の法要の話を蒸し返され、キッパリと怒りを抑えて お断りしてましたっけ。

 40度の発熱があった息子どんを家に置いてきたので、娘どんを連れて 一足早く帰宅しましたが・・・・、ちょうど翌日がゴミだし日、夜の うちに全部収集しておかねばなりません、休む暇もない主夫業務です。

 翌日は告別式、朝の9時に夫婦で家を出て葬儀場へ。
指名焼香のお偉いさんからお言葉をいただくこともせず・・・、 ただ流れのままに滞りなく終わり、大学病院から献体遺体を引き取りに 来たワゴン車へ、棺桶ごとお渡しして告別式は終了です。
炎天下の暑い日でしたので、火葬場や埋葬の手間が無かった分だけ 楽できたのかもしれません。
親族が集まっての直会で、マイクを持って、父親の献体の経緯について 熱心に語る前様がおりました。
葬儀場をあとにして、 去年のお盆に全焼してしまった前様の実家跡に寄り、その近所にある ご先祖様のお墓に合わせて献花、焼香して葬儀のご報告を済ませ帰宅、 我が家的にすべて終了と相成りました。
帰路の車の中で再度、「親父の葬式らしくない!」と義弟の取り仕切り様に 怒ってた前様でございますが・・・・。
ま、施主じゃなかったからね!


2013.5.28 記


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