1975年 つま恋ライブ


 吉田拓郎とかぐや姫のコンサート、 2006年のライブ映像と1975年のライブ映像を見比べて、 その違いがよ〜くわかりました。
1975年の夏、まだ19歳の時であります。
誰がどのようにしてチケットを入手したのか、記憶にございません。
今ほど情報が溢れて無かった時代、携帯電話なんてものは存在して いませんでしたからね。チケットを買うにも電話をかけまくって 購入したのでしょう。
当時のバンドメンバーT氏とS氏、足利フォーク村の村長さんY氏、 バンドのファンであった桐生の高校生3人組を連れて、つま恋まで 行きました。
足利市の駅から各駅停車の電車に乗り、館林を過ぎたあたりでT氏が ぼそっと「チケットを忘れた!」と・・・・。
T氏にバンドメンバー分のチケットを預けておいた私が悪かった!
「チケット忘れても入れてくれるよ」と誰かが話してましたが、 けしてそのような甘いことは無いと確信してましたので、途中の駅 川俣で降りてT氏の自宅に電話、T氏の実兄に頼んで川俣の 駅まで車で届けてもらいましたっけ。
朝一番の電車で出発したので、これで約2時間のロスでありました。

 あらためて映像を比較すると、燃気というものが全然違いますね。
同じ会場でありながら観客の人口密度が桁違いです、よく何事もなく、 徹夜のコンサートが無事に終わったものだと、今だからこそ思えます。
女子高校生の父親がコンサートへ出かけることに反対してて、それを メンバー3人で説得して出させてもらいましたが、そんな懸念が あったのは、映像を観る限り確かでもあります。当時の日本だから、日本人 だから、無事に終わった、前代未聞の大規模コンサートなのでしょう。
2006年のつま恋では、ずいぶんと入場者を減らして場所と安全を確保して る様子がうかがえますが、これが31年の時代の変化ですかね。
1975年では現在の様に大型の映像機器は無くて、遠くのステージの 上に豆粒のように立つ吉田拓郎やかぐや姫を観るのが精一杯でした。
音響機器も昔ですから、現代の様にディレーコントロールなどできるはずも なく、観衆の手拍子が、前方から後方へと波のように流れて発生して ましたっけ。
徹夜で決行されたものだから、最前列ならともかく、後方の席・・・場所では、 興奮が続かずに眠くもなります。途中、少しは寝てましたよね。
最後の曲『人間なんて』が終わり、すぐには帰るな、その場で寝ていろ という趣旨のアナウンスがあったかと思うと、日が昇ると暑くなるから さっさと帰れと言われてたような・・・・。
掛川駅から静岡に行って、そこからこだま号に乗って帰る人がほとんど なので、一緒に同じルートで帰っては座ることは出来ないと判断して、 一旦逆方向の浜松まで行き、そこで上りのこだま号に乗って帰って来 ましたが、予想通り静岡駅から定員オーバーの自由席、何事もなく すでに座って東京まで行けました。

 あれから41年、一緒に行ったメンバーとは誰一人交友もなく、 みなさんどこで何してるやら? 生きているのかしらん。???


2016.9.27 記


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